第2版作成日:2009/1/26
第1版更新日:2008/1/29
第1版作成日:2005/8/18
監修について:
医学的内容は私(azami)の知人の医療関係者にチェックしてもらいました。
しかし最終的に、私が文責を負います。
azamiさんのブログ
はじめに
用語集
1.双極性障害で服薬中の女性は妊娠・出産できますか
2.服薬・受診の注意点は何ですか
2−1●計画妊娠の場合
2−2●偶発的妊娠の場合
3.妊娠中から分娩後の心理・社会的治療
4.妊娠中から分娩後までの薬物療法
1)気分安定薬 2)抗精神病薬
3)抗うつ薬 4)ベンゾジアゼピン系および類似薬(BZ系)
5)修正電気けいれん療法(mECT) 6)出産前後の問題(薬物離脱症候群など)
5.双極性障害は遺伝しますか
6.出産後の注意点は何ですか
7.男性が双極性障害の薬を飲んでいて、パートナーが妊娠した場合の影響
参考文献
はじめに
星和書店の「双極性障害の治療スタンダード」(文献1)には、妊� ��・出産について、短い記載があります(p.27)。
第1版は、それとアメリカ精神医学会(APA)プラクティス(診療)ガイドライン2002(文献2)をもとに、サキさんがまとめた質問とその回答、説明の文章を加えて作成しました。
私が2005年に書いた第1版はだいぶ古くなって、少し楽観的に書かれています。その後海外のガイドラインや文献が次々と出て、その内容は悲観論と楽観論が混ざっています。(ガイドライン3-4,文献5-14)
医学の進歩は早く、時間が経つと陳腐化して、更新が必要になります。そして、更新しようとすると、根拠のデータを英文文献に頼ることになり、日本の実情と離れる可能性がありました。
しかし第2版は海外文献(3,5-9,11,13)を中心にまとめました。
個人差も大きいので、実際の適応は主治医を中心とする、精神科、産科、小児科-治療グループと必ず相談して下さい。
双極性障害の妊娠・出産・分娩後の管理は、リスクと利益をどう評価するかにかかっています。
薬による胎児・新生児・乳児-妊婦・授乳婦への危険性は、続ければ子に有意の危険を及ぼしますが、変更/中止して母親に重症の気分エピソード(躁・鬱・混合エピソード)が起きたら、母と子の両方に相当の危険をもたらします。 双方のリスクと利益のバランスを考慮しなければなりません。
用語集:なお、本文中で使用している略称、総称、用語は、以下のようなものです。 双極性障害(Bipolar Disorder)≒躁うつ病(Manic Depressive Illness)
この病気の古典的名称は躁うつ病でしたが、国際分類では双極性障害が使われるので、このコンテンツでは「双極性障害」に統一します。
炭酸リチウム(一般名*)(以下リーマスと総称)=最も代表的な気分安定薬。商品名はリーマス、リチオマールなど。
バルプロ酸ナトリウム(一般名*)(以下デパケンと総称)=気分安定薬、抗けいれん薬の一つ。商品名はデパケン、セレニカ、バレリン、徐放剤デパケンR、セレニカRなど。
カルバマゼピン(一般名*)(以下テグレトールと総称)=気分安定薬、抗けいれん薬の一つ。商品名はテグレトール、テレスミン、レキシン、カルバマゼピン「アメル」など。
BZ=ベンゾジアゼピン(BZ系および類似薬はBZ受容体に結合して作用し、BZ系とここでは総称します。大部分の抗不安薬、睡眠薬がこれに属します。)
クロナゼパム(一般名*)(以下ランドセンと総称)=BZ系の抗けいれん薬。気分安定薬作用があると一部では言われています。商品名はランドセン/リボトリール。
SSRI=選択的セロトニン再取り込み阻害薬(セロトニンという神経伝達物質の再取り込みを阻害してシナプスのセロトニンを増やす、新しいタイプの抗うつ薬。商品名はルボックス/デプロメール、パキシル、ジェイゾロフト)
SNRI=セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬(SSRIと似ているが、セロトニンとノルアドレナリンの再取り込みを選択的に阻害する抗うつ薬。商品名はトレドミン)
FDA=アメリカ食品医薬品局
*一般名は、1つの薬に1個だけ命名され、論文・教科書などで使われる名称で、全世界共通です。論文・教科書・ウェブサイトなどでは,一般名のみ書かれている場合があります。
一般名とジェネリック(後発医薬品)が同じ名称になることもあります。後者の場合は会社名� ��つきます(炭酸リチウム「ヨシトミ」など)。
このコンテンツでは、先発薬の商品名で総称していますが、一般名のついているジェネリックも多いので、すべての薬の初出では一般名をつけました。
1.双極性障害で服薬中の女性は妊娠・出産できますか
:できます。
第1版では「妊娠中は精神的に落ち着いて、双極性障害が安定することが多いのですけど、出産後状態が悪くなる人がいます」と書きました。そのような研究もあったのですが、最近の研究は妊娠して悪化する可能性があり、安定するとは言えないと結論しています(文献3,5,13)。
結局、妊娠中と分娩後の両方で気分変動と悪化を起こす可能性があるので充分な注意が必要です。
次に、計画妊娠か偶発的妊娠かによって、対処法が異なります(「2.服薬・受診の注意点は何ですか」参照)。
薬によって催奇形性の強いもの、危険と有益性のバランスから飲むのもやむをえないもの、断言は出来ないけど比較的安全なものがあります。
理想は妊娠中はなるべく薬なしか、最小限の比較的安全な薬のみで、双極性障害が安定しているのが良いのです。
しかし、妊娠中に双極性障害が増悪しても、治療に使える比較的安全な薬はありますので、安心してください。
薬の細かい説明は「4.妊娠中から分娩後までの薬物療法」をご参照下さい。
妊娠のタイミングは、双極性障害発症初期の方が病相の間隔や寛解期が長く、後期の方が短くなるので、可能ならなるべく間隔があいている初期の妊娠をねらいます。
(注:このような病相の短縮化は、気分安定薬による充分な治療をしていない場合の経過観察なので� ��治療されている方の場合はあまり心配はいりません。)
2.服薬・受診の注意点は何ですか
:双極性障害そのもので、妊娠に危険を及ぼしたり、胎児への影響はないでしょう(文献21、表1:精神疾患が妊婦転帰に与える影響について)。
しかし、病気が不安定で、病気だという自覚(病識)がない、食事・安静をとらないなど、健康に問題があるのでは困ります。病気が落ち着いて、本人・家族の受け入れ体制が充分な時が望ましいです。
服薬・受診の注意点は、病気の知識をもとに、早めで頻回の診療によって、病気を落ち着かせ、どの薬を漸減・中止し妊娠に持っていくか計画することです。医師-本人-家族の親密な連携が求められます。
でも、もっとも尊重されるべきなのは本人の意思だと思います。
2−1
●計画妊娠の場合もし妊娠を正常気分で計画しているなら、気分安定薬の漸減・中止が望ましいです。目安は2−4週間間隔で25%ずつ漸減です。急減・中断は双極性障害の増悪を誘発する可能性があります。
もちろん、過去の病歴を配慮すべきです。Sachs先生の推薦によると(文献11)、
▼もし一番最近のエピソードが1年以上前で、過去に数回のエピソードしかなかったら、薬物を中止することを試みます(少なくとも妊娠第1三半期だけは中止が望ましいです)。
▼もし一番最近のエピソードが1年以上前で、過去に頻回のエピソードがあるなら、薬物は続けるけど、次の生理がこないか、妊娠テスト(高感度)が陽性になったら、数日ずつ漸減、1-2週間で中止します(注1)。
▼もし一番最近のエピソードが1年以内なら、妊娠は控えて、充分な予防量で薬物は続けます。
▼もしどうしても気分エピソードが安定しない場合、単一気分安定薬を妊娠中から分娩後まで飲み続けるという選択を主治医と相談します(文献12)。あるいは気分安定薬を飲まずに、抗精神病薬(少量定型または非定型抗精神病薬(注3))で安定させて、妊娠〜出産します(文献3)。
ただし日本では、計画妊娠なのに妊娠前に経過が安定せず、薬を飲んだまま、妊娠中とくに妊娠第1三半期を過ごすのは、主治医が許可しないと思います。せめて、妊娠第1三半期は薬物なしを目標にすべきです。